時効の援用とは、債権者が債務者に対して請求をせず、時効を迎えた場合に債権者の法的な権利を消滅させたり、他人の土地を一定期間占有していた者が、当該不動産の所有権を取得することを言います。
時効の援用の性格については、学説上色々な見解がありますが、税務上は昭和60年3月17日最高裁二小判決)の判例以降は停止条件説を採用しております。
「停止条件説」とは、時効の効果は、時の経過等による時効の完成により確定的に発生するものではなく、時効の援用(主張)によってはじめて確定的に発生するものです。
【所得税の事例】
A氏は、父親名義の土地と信じて、当該土地及び建物を相続し固定資産税を納めていたが、20年経過したのち建替えようした際に、当該土地が実際には父親名義になっておらず、Bから賃貸していた土地であると発覚した。
そこで、AはBに対して時効の援用を行った。
【所得税】
所得税法上は、時効の援用したときを取得の時期とし、当該土地等の財産の価額(時価)がAの経済的な利益となり、一時所得として所得税の課税対象となります。
したがって、裁判所でその有効性について争いがあった場合も、あくまで取得の時期は援用したときであり、仮に裁判で無効判決が出た場合には、更正の請求により納税した所得税等を還付することになります。
No.1493 土地等の財産を時効の援用により取得したとき|国税庁 (nta.go.jp)
【法人税】
法人税も、同様に債務者は時効の援用をした際に益金処理し、債権者は同時期に損金処理をすることになります。
【相続税法】
相続税法上、仮に上記の事例で、相続開始日には「時効の援用」がなされず、相続開始日以後に「時効の援用」がなされた場合、相続財産を当該不動産を相続財産から減額できるでしょうか。
過去の、裁判例では、所有権移転の効果を発生させた行為(時効援用)が相続開始後であれば、相続開始時点では遺産であったことに変わりないとしています(千葉地裁・平成10・4・23判決(税務訴訟資料231号731頁)。
他方で、民法では「時効の効果は、その起算日にさかのぼる(民法144)」としているので、占有した時点に遡及してその効果がおよぶと考えれば、相続人は、相続開始時には「時効の援用」の対象となった財産はなかったものと判断できますが、過去の裁判例では「時効の援用」により過去に遡及するとした場合、相続人が相続開始時に相続財産としても課税されると共に、「時効の援用」により財産を取得した者にも一時所得としても課税されることになるため、二重課税という不都合が生じることになるなどしています。「取得の時期」は、あくまで停止条件説により「援用の時」を採用しています(神戸地裁・平成14.2.21判決、大阪高裁・平成14・7・25判決)。
【更正の請求】
なお、上記大阪高裁では広汎な判断を示しており、❶相続開始後に時効が完成した場合は、上記の判断のとおり課税価格に影響はなく、一方で、❷相続開始前に時効が完成していた場合には、財産の得喪を生じさせないものの援用権の付着した財産として、課税価格の計算上援用権の付着という内在的瑕疵が時価の上で考慮されるべきとしています。
そのうえで、更正の請求は、上記❶については、出来ないものの、上記❷については、国税通則法23条2項1号に「課税標準等又は税額等の計算の基礎となつた事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む。)により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」は更正の請求ができると判断しています。
私としては、相続時の時効の援用については、相続人が申告期限が短い中で高度に専門的な法律の判断をすることは困難であり、時効の完成の時期にとらわれることなく、「時効の援用」を請求された場合には、国税通則法23条2項3号、国税通則法23条5号により国側が明確な指針を示すべきであると思います。
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